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2008年9月

2008年9月27日 (土)

ねじれ解消選挙だ!

新聞を読んでいてふと思った。最近の紙面には「ねじれ」なる政局を扱った記事が圧倒的に少なくなってきたなあ、と。

それも当然といえば当然なのだ。今「ねじれ」を持ち出せば、衆議院選で民主党を勝たせた方が良いという論調になってしまうからね。それにしても本当にマスゴミって醜いよ!

さて来る衆院選挙のスローガンだが「政治の空白を作らないために、ねじれを解消しよう」で良いのではないか。当たり前のことだが、衆院で自公が多数派を占めれば、今日のどうしようも出来ない(と反動どもが嘆いている)政局は何一つ変わらないのだから。
であるからして民主党を始めとする野党は、国民が喜ぶ政策を予算なんか考えなくていいから(経団連を先頭とする資本家どもは、そもそも国民に税金を押し付けることしか頭にないのだから対案を出す必要なし)発表し、これを実現するためには「ねじれ」をなくそう!と声高々に訴えれば良いのだ。自公を吹き飛ばす迫力を持って。

自公政権には絶対に負けてはならない。中山国交相の許すことの出来ない発言、「日教組を解体せよ!」「空港反対はごね得」「日本は単一民族」・・・これらは決して失言などではない。闘う労組や農民、市民をぶっつぶし排外主義をあおり、戦争をやれる国づくりの総仕上げを図ろうとしているのだ。中山よ!表向きは選挙の前で困った顔をしている、人の税金で議員面をしているお前の仲間こそ、ごね得というのではないのかね。早くコイズミの後を追って、逃げ出したらどうだ。

ああまた激しい言葉を使ってしまった。政治的なことを書くとすぐこうなってしまう。自公のせいだな、きっと。

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2008年9月25日 (木)

コイズミ退任

小泉のやったこと、もう今更いうまでもないのにマスゴミの恐ろしさ、それを簡単に信じてしまう多くの国民のふがいなさ。「もっと続けてほしい」だと!

ここ数日はコイズミのことでもちきりになるだろう。ここまで日本という国を、圧倒的多くの人々を破壊の道に引きずりこんだ張本人を、マスゴミの偽証に抗してすべての手段を尽くして暴いていこう。

コイズミよ!お前が壊したのは、自民党や抵抗勢力などではなく、この国でまっとうに働き生きている、名もなき人々の生活なのだ。引退で罪がなくなったとは、決して思うなよ!

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2008年9月22日 (月)

堀 文子さんのこと

「サライ」という中高年向きの雑誌を時々読んでいるのだが、90歳になる画家堀文子の「命といふもの」なる絵とエッセイが、俄然おもしろい。

「東京駅」という文章の中で彼女は言う。「高層ビルの建設ラッシュの波をのがれ、朱煉瓦(あかれんが)の東京駅が残されたのは、明治・大正の先達の知性を守る賢明な選択だった。併し・・・改札口の中にまで飲食街が出現する有様。公共の便利と安全を受け持つ鉄道は、先ず乗客の安全と利益になる施設に心を配ってほしい」「飲食店だけはふえるが、旅疲れの人の腰をおろすベンチは少ない。すべてが機械化して、不なれな乗客の困惑に答えてくれる駅員が見当たらない」
「公共の乗り物だった筈の鉄道が今は経済優先の事業になり、儲けにならぬ乗客への心くばりが、目に見えて姿を消して行く。東京駅を通る度に、日本という国の品位の下落が気にかかってならない」

まさにその通りだと思う。鉄道職場についていえば、鉄道事業に関わりたいと思って就職しても配属先がコンビニかもしれないという現実がある。それも組合活動で当局に反対でもしようものなら、その現実度は大きくなってしまうようだ。そんな現実がJR尼崎や羽越線の人身事故を、労働者を虫けらのように扱う不当労働行為がまかり通る否定すべき現状を生み出しているのだ。

人を個人としてみることなく、経済優先の思想がどうなっていくか・・・答えはもう既に明らかになっているのではないか?堀文子さんの考え方をちょっとは見習おうよ。
ああそれなのに、コイズミ改革を評価する53%、「改革」路線を継続すべき55%(日経クイックサーベイ調査)という恐るべき現状。次期衆院選も甘い見通しを立ててはいけない。絶対に反動自公政権にその座から退いてもらおう。

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2008年9月21日 (日)

音楽遍歴⑤

大学は中退し某市役所に就職、働き先というよりは組合活動をやるために選んだ職場だった。そんな中でも市が運営していた文化会館というものがあって、コンサートの切符が無料で手に入ることもあった。だからジュリー=沢田研二と渡辺真知子のコンサートはただで観ることができたのだ。やっぱりライブはいい。もう何十年も前のことだけど、目をつぶれば派手な衣装のジュリーが、歌のとっても上手な渡辺真知子がよみがえってくるのだ。

と思っていたら、ジュリーが意外なところで登場していた。還暦を迎えた彼は、「我が窮状」なる憲法九条を大事にしたい想いの歌を発表し、その胸のうちを朝日新聞に語っていたのだ。ああ、自分の好きなアーティストがこんな形で出てきてくれるなんて!
現在の日本の状況を見れば「奇跡」に近い発言だと思う。心から支持し、応援をしたい。

しかしその頃はといえば(70年代中盤)私の音楽生活はフォーク・ニューミュージック一色になっていた。さだまさし、松山千春、永井龍雲、長渕剛の楽譜やフォーク大全集などのギターコードがでている雑誌を買い求め、一人で、あるいは彼女と歌いまくっていたのだ。特に永井龍雲はその声の美しさと楽曲の良さに心惹かれ、レコードを揃え、コンサートに行き、ファンクラブの人と話をするまでになったほどだった。

市役所に勤めていた時に運転免許をとり、ドライブの楽しさを知った私に、人生最大の岐路が訪れた。

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2008年9月 6日 (土)

美味しいお店

ふと入ったお店が、とても美味しい料理を提供してくれ、サービスも行き届いているとなると本当に嬉しくなる。

仕事の関係で東京にはよく出かけるのだが、ごはんを食べるところは大体決まっていて、お気に入りのお店以外はあまり入る気がしない。値段のことがいちばん大きいが、食べてがっかりということがあまりにも多いから。
おととい久しぶりに品川駅前の「ぎやまん亭」に行き、串焼きと釜飯を頂いた。味も変わっていなかった=美味しいし、サービスも良く、とても楽しい食事の時間を過ごすことが出来た。良いサービスってなんだ?と思っている人に一つだけだけどお教えしよう。
カウンターで食べていたのだけれど、釜飯の量が妻には多すぎて「持って帰りたいね」などと小声で話していた。それを板前さんが聞きつけて、「残りはおにぎりにしますから、持っていってください」と言ってくれたのだ。そしてすぐに握ってくれた。ただそれだけのことだけど、とても嬉しく心が和んだ。

この不況の時代、どの産業も生き残りをかけて必死だろう。そんな中で一つ言えるとしたら、やはり全ての面で「人」が大事ということだ。つくり笑顔とマニュアル通りの接待では客は満足しないだろう。人の満足を得るために何かをしてあげること・・それは簡単なことのようでなかなかできることではない。利益ばかりを追求し、その人を成果だけで推し量る企業には絶対に出来ないことなのだ。

新聞や雑誌の広告に最近よくでているのが、「私たち従業員はお客様の満足をいただくために、こうしてがんばっています」とその社員を大きく写真に載せて消費者に媚を売る作戦タイプ。だがしかしその会社がどれだけその従業員を軽視し、将棋の駒の一つぐらいないにしか見ていないことを、元その会社系列にいた私は知っているのだ。従業員を満足させることを抜きにして、お客様の満足だけを得ようとしている経営者には、おそらく自分自身が満足するということは一生おとずれないであろう。

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