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2012年2月

2012年2月27日 (月)

本が好き

子供の頃から読書好きだった。小学校上級になると、新聞にも目を通していた記憶がある。図書委員にもなって学校の図書室に毎日のように出入りしていたから、おのずと読書量も増えていった。小学生の頃は「徳川家康」などの歴史小説や「80日間世界一周」「シャーロックホームズシリーズ」などのSF、探偵物を好んで読んでいたと思う。

中学、高校となると太宰治や三島由紀夫、井上靖、石川達三などの日本の作家の文庫本を、本屋で手に取り選ぶのが好きになった。学生運動をはじめると、高橋和巳や野間宏、小林多喜二、瀬戸内晴美のいわゆる思想的な傾向の強い作品に惹かれていった。

今はというと海外のミステリー作家の作品を好んで読んでいる。なかでもスティーヴン・キング、T・Hクック、パトリシア・コーンウエル、リー・チャイルド、D・Hクーンツ、ネルソン・デミルはほとんどの作品を読んでしまったほど。最近のお気に入りは「リンカーンシリーズ」のジェフリー・ディーヴァーで最新作の「007白紙委任状」は必読である。

実は以前は折原一や東野圭吾などの日本のミステリーものも多く読んでいたのだけれど、海外の作家の作品を一度読んだら、あまりにも日本の作家の稚拙さが浮き彫りになりもう沢山という感じになったのだった。一言で言えば日本のそれはありえないストーリー性に流されすぎ、犯罪専門性というか奥行きというかがまるで駄目なのだ。P2270143

2012年2月24日 (金)

やがて来る春に

このところの安曇野は暖かい。今年の冬は全国的にも寒さが厳しかったようで、春が来るのを待ち遠しいと思っている人もとても多いのではないだろうか。

まだまだ寒かった先週、買い物をするため東京へと出かけた。この東京行き、楽しみなことがひとつあった。圧倒的多くの人から見れば何をいまさらといわれてしまいそうなのだが、実はクルマにナビを取り付けたのだ。取り付けはしたのだったが、未だ役にはたっていなかった。だから東京ではじめて行く場所=Tサイト(蔦谷書店のやっている面白い店)をどのように案内してくれるのか興味深深だったわけ。結果は大満足。科学の進歩を大いに実感した。今までは道路地図とにらめっこをしながら、道を間違えると怒る私にナビである妻は辟易としたものだったが、まあナビのおりこうさんなこと。

音声案内通りに運転をしていたらきちんとその場所に到着したのだった。でもこのナビ、あまり頼りすぎると道を覚えなくなるんじゃないか。科学の進歩と個人の五感の退化。そんなことも考えていかなければ、とも思った。

安曇野は今日も暖かい。やがて来る春がとても恋しい。

2012年2月12日 (日)

2.11に思う

昨日は2月11日、建国記念日だった。安曇野は朝雪が降ったが、その後晴れ間が出るというすっきりとしない天気であった。

2月11日は私が高校2年のとき、初めて集会に参加した日だった。もう40年以上も前になる。「紀元節粉砕集会」ー70年安保闘争の高揚感が社会全体を覆い、全国各地の高校でも反体制的な生徒が、政治闘争に参加していくなかで、その集会は行われた。私もS高校の仲間数人と明治公園の、高校生だけで行われたその集会に加わったのだ。集会会場に近づくとS高の教師たちが、誰が参加しているかをチエックしているのがわかり、すさまじい緊張感を覚えた。記憶は確かではないのだが、おそらくマスクをしたかヘルメットにタオルを付けたかして、彼らたちの目を逸らしたはずだ。その日は集会に参加しただけだったが、この日以降およそ10年間、私の生活は学生運動ー労働運動一色になっていく。

その意味で2・11の記憶はいつまでも消えない。

2012年2月 1日 (水)

安曇野も雪がよく降る

おいおい、もう2月に突入かい。時の流れが速すぎる!

今年は雪が多く、北海道や東北、北陸など地域によっては3メートルを超える積雪を観測しているところもあるようで、ニュースに接するたびに「大変だろうな」と思う。長野県内でも栄村や野沢温泉などで平成18年の豪雪を凌ぐような雪が降り続き、屋根から転落したりして死者まででているのだ。

ここ安曇野は積雪こそほとんどないものの、雪の降る回数は例年より多い。大雪の地域に思いをはせても、やはりその場に行って見なければその苦労は分かるはずがないのだろうな、と正直なところ考えてしまう。というのは今聞いているラジオで、DJが「大雪の地域の皆さんにお見舞い申し上げます」と軽い言葉で言っていたからだ。東北大震災やそれに続く原発事故でもそうだが、「がんばろう」とか「お見舞い申し上げます」とかあまりにも安易な、空ろな言葉が飛び交いすぎているのではないか。もちろん良心から出ているだろうその言葉を全部否定するものではないけれど。

おととしの12月31日、雪の吹きすさぶ白馬でクルマの前が全く見えなくなり、道路を外れて畑と思われる所に突っ込んでしまうという事故を起こしてしまった。入っている保険会社に携帯から電話したのだが返ってきた答えはこうだった。「残念ですがお力になることが出来ません」・・・周りは雪で真っ白、前も後も雪の山の状況での答えがそれだったのだ。あの電話の担当者がもっと事故を起こした人のことを考えることの出来る、思いを馳せることの出来る人だったらもう少し違う言葉もでたろうに。 

思いをはせるとは、その人の立場に徹頭徹尾立つということに他ならない。原発事故の被害者であるお母さんに「心配のしすぎ」とか言う人がいるが、放射能が巻き散らされている地域あるいはそのそばで暮らしている子供や家族の気持ちを少しでも思えば、そんな言葉はでてくるはずはないのだ。それはやはりそこに住んで見なければ本当には理解できないということなのだろう。 

雪深い白馬で事故を起こしてからは、少しは豪雪地帯で暮らしている人々の苦労がわかった気がする。そうそう事故後4,5時間経って私のクルマは無事JAFに救出されたことを最後に報告しておきます。P1010138              

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