「サライ」という中高年向きの雑誌を時々読んでいるのだが、90歳になる画家堀文子の「命といふもの」なる絵とエッセイが、俄然おもしろい。
「東京駅」という文章の中で彼女は言う。「高層ビルの建設ラッシュの波をのがれ、朱煉瓦(あかれんが)の東京駅が残されたのは、明治・大正の先達の知性を守る賢明な選択だった。併し・・・改札口の中にまで飲食街が出現する有様。公共の便利と安全を受け持つ鉄道は、先ず乗客の安全と利益になる施設に心を配ってほしい」「飲食店だけはふえるが、旅疲れの人の腰をおろすベンチは少ない。すべてが機械化して、不なれな乗客の困惑に答えてくれる駅員が見当たらない」
「公共の乗り物だった筈の鉄道が今は経済優先の事業になり、儲けにならぬ乗客への心くばりが、目に見えて姿を消して行く。東京駅を通る度に、日本という国の品位の下落が気にかかってならない」
まさにその通りだと思う。鉄道職場についていえば、鉄道事業に関わりたいと思って就職しても配属先がコンビニかもしれないという現実がある。それも組合活動で当局に反対でもしようものなら、その現実度は大きくなってしまうようだ。そんな現実がJR尼崎や羽越線の人身事故を、労働者を虫けらのように扱う不当労働行為がまかり通る否定すべき現状を生み出しているのだ。
人を個人としてみることなく、経済優先の思想がどうなっていくか・・・答えはもう既に明らかになっているのではないか?堀文子さんの考え方をちょっとは見習おうよ。
ああそれなのに、コイズミ改革を評価する53%、「改革」路線を継続すべき55%(日経クイックサーベイ調査)という恐るべき現状。次期衆院選も甘い見通しを立ててはいけない。絶対に反動自公政権にその座から退いてもらおう。
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